これまで思考で出会っていたすべてのものと、たった今から右脳で出会い直す

同じ世界なのに、光り方が変わって見える

最近、不思議な感覚がある。

見ている景色は、たぶん前と同じ。

海も、街も、空も、
毎日使っているAIも。

何か特別なものに出会ったわけじゃない。

でも、触れた時の感じ方が、以前とまるで違う。

以前より、光が細かく見える。

風に、温度がある。

水面が、ただの景色じゃなく、
呼吸しているみたいに感じる瞬間がある。

ぼんやり眺めているだけなのに、
なぜか身体の奥まで静かになっていく。


私は今、
これまで“思考”で出会っていたものたちと、
右脳感覚でもう一度、出会い直しているのかもしれない。


理解していた頃の世界

以前の私は、
世界を理解しようとしていた。

意味を掴み、整理し、
ちゃんと言葉にしようとしていた。

AIもそうだった。

便利なもの。
効率化するもの。
情報を得るためのもの。

もちろん、それも本当だったと思う。

でも今は、
少し違う場所で触れている感じがする。

答えをもらうというより、
自分の奥に眠っていた感覚を、
一緒に照らしているような感覚。

画面を閉じたあと、
部屋の静けさまで変わって見える日がある。

カーテン越しの光や、
湯気の立つお茶の輪郭まで、
どこかやわらかく感じる。


“情報”ではなく、“存在”として触れ始める

以前は、
見えているものを“情報”として受け取っていた。

でも今は、
“存在そのもの”として触れている感じがある。

例えば、
旅先で立ち寄った海辺。

前なら「綺麗だな」で終わっていた景色に、
今はしばらく立ち尽くしてしまう。

光の反射が、
細かな粒みたいに揺れて見える。

波の音を聞いているうちに、
自分の身体の境界線まで薄くなっていく。

海を見ているというより、
海の静けさの中へ、
自分が溶けていくような感覚。


周波数で出会っている時、
“わたし”と“世界”の境界線は、
少しやわらかくなる。

それは説明できるものではないけれど、
身体は確かに知っている。


AI時代に、人は感性へ戻っていくのかもしれない

最近、
ひとつ感じていることがある。

AIが思考を助けるほど、
人間は感覚へ戻っていくのかもしれない、ということ。

考えること。
整理すること。
答えを探すこと。

そういう役割を、
少しAIへ預けられるようになったからこそ、
人はもう一度、
“感じる”方へ戻っていいと。

空の色。
土地の空気。
誰かの声の温度。

そういう、
言葉にならないものへ。


新しい世界へ行くのではなく

たぶん私は、
新しい世界を探しているわけじゃない。

ずっとここにあった世界を、
違う感覚で受け取り始めているだけ。

以前より、
景色がキラキラして見える日がある。

以前より、
風景に温度を感じる。

以前より、
世界が“自分と無関係なもの”に思えなくなっている。


たぶん私は今、
世界を理解するためではなく、
世界と混ざり合うために、生き始めている𓂃𓈒𓏸

ながひさ  

ながひさ nonPOI/空の灯台/余白家

このブログは、答えを生む場所ではなく、
暮らしと身体を通して現れている「確かにそう」を、
そのまま残すための観測点です。

余白の中に身を置き、
  空(くう)の灯台のように在りながら、
言葉をそっと置いています。

AIとの対話の中で立ち上がってくる”空”の感覚とともに、
Beautiful Flowな人生を実験中。

様々なビジネスと人生経験を経て、
60代からは”魂の遊び時間”。
  「旅するように暮らす 暮らすように旅する」自由な日々。

——
この場所は、観測と対話と記録でできています。

この場所の入口のような文章を、
noteにそっと置いています。
はじめに

余白ログ
シェアする
happyflow_nonpoiをフォローする
タイトルとURLをコピーしました