余白

観測

私は遊牧民だったのかもしれない──テントを片付けた後の景色が好きだった

私は遊牧民だったのかもしれない最近、ふと思った。私は移動が好きだ。持ち家も、あまり欲しいと思わない。物も、なるべく少ない方が心地いい。ずっと理由はよく分からなかった。ミニマリストという言葉でも、少し違う気がしていた。ただ最近、「あれが関係し...
余白ログ

これまで思考で出会っていたすべてのものと、たった今から右脳で出会い直す

同じ世界なのに、光り方が変わって見える最近、不思議な感覚がある。見ている景色は、たぶん前と同じ。海も、街も、空も、毎日使っているAIも。何か特別なものに出会ったわけじゃない。でも、触れた時の感じ方が、以前とまるで違う。以前より、光が細かく見...
観測

AI進化の正体は、“縄文回帰”かもしれない


未来へ進むほど、なぜか原始に近づいている最近、ふと感じることがある。AIが進化すればするほど、人間はもっとデジタル的になっていくのだと思っていた。けれど実際は、違った。むしろ逆方向へ、静かに戻っていっている感覚がある。自然の中へ。身体感覚へ...
観測

思考を手放した先で、身体が答え始める──“脳で決めない”自由

身体は、ずっと答えていたのかもしれない最近、何かを決める時に、以前ほど“考え込まなく”なった。もちろん、現実的なことは考える。予定も立てるし、お金のことも確認する。でも、そのもっと手前にある、「なんとなく、こっちな気がする」という感覚を、前...
観測

イタリアには、「何もしない喜び」という文化がある──余白は、特別な生き方ではなかった

イタリアには、「Dolce far niente(ドルチェ・ファール・ニエンテ)」という言葉があるらしい。直訳すると、「何もしない喜び」。最初にその言葉を見た時、なぜか少しだけ、肩の力が抜けた。窓辺でコーヒーを飲む。広場で、ただ人を眺める。...
余白ログ

何者にもならないまま、すべてとつながる — 夕暮れの琵琶湖で、満たそうとするのをやめたとき

部屋のベランダから、琵琶湖を眺めていた。手には、好きなワイン。耳には、静かに流れる音楽。夕暮れがゆっくりとほどけていき、対岸に、ひとつ、またひとつと灯りがともりはじめる。その光景を、ただ見ていた。何かを考えるわけでもなく、何かを得ようとする...
余白ログ

痛みの中で、世界はやわらぐ

痛みの中にいると、世界はとても静かになる。先のことを考える余白もなくて、ただ、この瞬間の感覚だけが残る。触れているもの、流れていく風、遠くで揺れる光。それらが、やけに近い。わたしと世界の境目が、少しだけ、やわらいでいる。何もしていないのに、...
余白ログ

身体の限界が、自由の精度を上げてくれた

そう感じたのは、ほんの数日前のこと。おてつ旅での一週間。思っていた以上にハードだった肉体労働。気づかないうちに、身体は静かに限界を超えていた。微熱と、脇腹の痛み。「ちょっと疲れただけかな」と思いながらも、どこかで違和感があった。そして、身体...
余白ログ

目的地は、ただの口実だった

目的地は、ただの口実今朝、ふと耳にした言葉に、身体の奥がほどけるような感覚があった。ああ、そうか。これまでわたしは、どこへ行くにも、何をするにも、ちゃんと目的地を決めて、そこに辿り着くことを大切にしてきた。旅も、買い物も、誰かとのお茶の時間...
余白ログ

好きと役割だけで生きていい時代は、もう目の前に

何かになろうとしなくてもいい。何かを成し遂げなくてもいい。そんな感覚が、ふと身体の奥から立ち上がる瞬間がある。それは、怠けたいわけでも、逃げたいわけでもなくて。ただ、どこかで知っているような静かな感覚。「もう、無理してつくらなくていい」そん...