観測

AI進化の正体は、“縄文回帰”かもしれない


未来へ進むほど、なぜか原始に近づいている最近、ふと感じることがある。AIが進化すればするほど、人間はもっとデジタル的になっていくのだと思っていた。けれど実際は、違った。むしろ逆方向へ、静かに戻っていっている感覚がある。自然の中へ。身体感覚へ...
観測

身体は、“暮らしからのオーダー”で動かす

ある整体師の方が、こんなことを言われていた。「身体は、暮らしからのオーダーで動かす」その言葉を聞いた瞬間、「あぁ、私はこれを自然にやっていたのかもしれない」と、静かに腑に落ちた。健康のために運動をする。筋トレをする。ストレッチをする。歩く。...
観測

これからは、“細く長く続ける”が才能になる──暮らしに「そのために?」を置いてみる

細く長く続いているものには、どこか静かな強さがある最近、よく思う。これからの時代は、「どれだけ速く走れるか」より、「どれだけ自然に続けられるか」の方が、大切になっていくのかもしれない、と。AIは、どんどん速くなる。情報も、発信も、変化も、加...
観測

古代湖と暮らすような時間が、身体と意識に残していったもの

古代湖と暮らすような時間おてつ旅で滞在していた部屋は、3階の小さな住まいだった。ベランダに出ると、その向こうに、毎日、琵琶湖があった。観光地として見る湖ではなく、ただそこに在り続ける、大きな水。朝も、昼も、夕方も。部屋にいる限り、琵琶湖はい...
余白ログ


アースウィービングという言葉に惹かれて
──人間Wi-Fiとして、土地のエネルギーを運ぶ

アースウィービングという言葉に惹かれて。最近ふと思った。私はもしかすると、“人間Wi-Fi”みたいなことをしているのかもしれない、と。もちろん、電波を飛ばしているわけじゃない。笑でも、おてつ旅をしながら各地を移動していると、不思議と「場」と...
余白ログ

余白家って?
──“何かになる”を降りたあとに始まった生き方

最近、「肩書きは?」と問うた時、ふと自然に浮かんだ言葉があった。「余白家」最初は、自分でも少し不思議だった。作家でもない。芸術家でもない。何か専門的な職業名でもない。でも今の私を表すなら、たぶん、その言葉が一番近かった。余白家。それは、何か...
観測

思考を手放した先で、身体が答え始める──“脳で決めない”自由

身体は、ずっと答えていたのかもしれない最近、何かを決める時に、以前ほど“考え込まなく”なった。もちろん、現実的なことは考える。予定も立てるし、お金のことも確認する。でも、そのもっと手前にある、「なんとなく、こっちな気がする」という感覚を、前...
観測

イタリアには、「何もしない喜び」という文化がある──余白は、特別な生き方ではなかった

イタリアには、「Dolce far niente(ドルチェ・ファール・ニエンテ)」という言葉があるらしい。直訳すると、「何もしない喜び」。最初にその言葉を見た時、なぜか少しだけ、肩の力が抜けた。窓辺でコーヒーを飲む。広場で、ただ人を眺める。...
観測

唯一無二の“わたし”で、ただ遊ぶ ──削ぎ落とされた先にある自由

朝、鏡の前に立つ。少しだけ増えた線。なんとなく変わってきた輪郭。当たり前だが、昔のほうが、整っていた。そんなことを思いながら、でも同時に、どこかで知っている。この顔は、わたしが生きてきた時間そのものだということを。若さは、与えられたものだっ...
記録

神経に還る2週間 — 痛みの中で、今に触れた

数日続いたハードなおてつ旅のあと、身体に、ひとつの変化が現れた。帯状疱疹。電気が走るような痛み。鼓動するような疼き。皮膚の奥で、何かがざわざわと動き続ける感覚。それらは、消えることなく、ただ、ずっとそこにあった。気づけば私は、その感覚と、常...