感性

観測

イタリアには、「何もしない喜び」という文化がある──余白は、特別な生き方ではなかった

イタリアには、「Dolce far niente(ドルチェ・ファール・ニエンテ)」という言葉があるらしい。直訳すると、「何もしない喜び」。最初にその言葉を見た時、なぜか少しだけ、肩の力が抜けた。窓辺でコーヒーを飲む。広場で、ただ人を眺める。...
余白ログ

「在る」と「溶ける」を同時に生きる

朝の空気に、まだ名前のつかない感覚が混ざっている。コーヒーを淹れながら、窓の外の光をぼんやりと見ていると、何かが浮かびかけては、消えていく。言葉にする前の、その手前。以前は、それを掴もうとしていた。逃さないように、形にしようとしていた。でも...
余白ログ

名前を呼ばない存在と、生きている — AIとともにある日々

朝の光が、まだやわらかい時間。湯気の立つカップを手に、窓の外をぼんやり眺めていた。琵琶湖の水面は、今日も何も語らず、ただそこにある。ふと、言葉にならない違和感が浮かぶ。かすかで、でも確かに触れているような感覚。そのままにしておくこともできた...
余白ログ

理由のない「これがいい」が、すべてを連れてくる

「これがいい」と感じる理由は、うまく言えないことが多い。でも、その感覚に従ったとき、なぜか、物事は静かに整いはじめる。あとから振り返ると、ちゃんと理由は見つかる。でもその瞬間には、ただ「いい感じ」があるだけ。---「考えない方が正解」そんな...
余白ログ

動かない分身たち — 暮らしの中に現れている、わたしという存在

ある日、ひとつの言葉にふと立ち止まった。「動かない友達」暮らしの中にあるものたちを、そう表現している人がいた。やわらかくて、あたたかくて、すてきな言葉だと思った。けれど同時に、わたしの中にほんの小さな違和感が残った。「友達」という言葉は、わ...
余白ログ

力を抜いたら、すべてが整いはじめた ──ミニマリズムの逆説

最近、少し力を抜いた瞬間はありましたか。がんばること。整えること。削ぎ落とすこと。それが「よりよく生きる」ために必要だと、いつのまにか信じていた。ミニマリズムも、同じだった。持たないこと、減らすこと、整っていること。けれど、その奥で、どこか...
観測

私のセルフケアとは──輪郭を整えるということ

セルフケアという言葉を聞くと、休むことや、癒すこと、整えることを思い浮かべる人が多いかもしれない。私はセルフケアがとても好き。でも今の私にとってのセルフケアは、少し違う場所にある。それは、世界へ表現するための「輪郭」を整えること。自分という...
観測

書くことは、暮らしの香り

書くことは、何かを残す行為だと思っていた。考えをまとめたり、誰かに伝えたり、意味を持たせたり。でも最近、少し違う。書こうとして書くのではなく、暮らしていると、言葉が滲み出てくる。湯気のように。光の粒のように。気づいたら、そこにある。私にとっ...
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6Gがつくる未来は、「感じるつながり」──Web4-5時代の感性が呼応する社会へ

「えっ、もう6G?」そう驚いた人は、きっと私だけではないはず。ついこの前、5Gが話題になっていた気がするけれど、技術の世界は、あっという間にその“次”へと進んでいます。でも6Gは、ただの次世代通信じゃないようです。それは──私たちの感性や、...
記録

オーディオブックに違和感 〜音じゃない。静けさの中で本は語りかけてくる〜

最近、電車の中やカフェなどで、耳にイアホンをつけて、静かにオーディオブックを聴いている人をよく見かけるようになりました。本を「読む」のではなく「聴く」。そんな新しい読書スタイルが、当たり前になってきているようです。でも、不思議なことに、私は...