身体は、“暮らしからのオーダー”で動かす

ある整体師の方が、こんなことを言われていた。

「身体は、暮らしからのオーダーで動かす」

その言葉を聞いた瞬間、
「あぁ、私はこれを自然にやっていたのかもしれない」
と、静かに腑に落ちた。

健康のために運動をする。
筋トレをする。
ストレッチをする。
歩く。

もちろん、好きでやっているなら素敵なことだと思う。

でもいつの間にか、
身体は“整える対象”になり、
管理するものになり、
「やらなければいけないこと」が増えている感覚もある。

未来の不安に備えるように、
老化を止めるように、
身体を鍛え続ける。

けれど本当は、
暮らしの中には、すでに身体を動かす場面が溢れている。

窓の汚れが気になる。

庭の植物に、ふと目が留まる。

床の小さなゴミを拾いたくなる。

同じ姿勢に疲れて、立ち上がりたくなる。

その時、
「あと少しキリのいいところまで」ではなく、
その感覚のまま動いてみる。

すると身体は、“やらされる動き”ではなく、
暮らしと繋がった動きとして自然に動き始める。

不思議だけれど、
その方が身体は軽く、静かに整っていく。

身体だけではなく、
意識まで、少しずつ澄んでいく感じがある。

AIがどんどん進化していく時代。

情報処理や効率化は、
これからますますAIが得意になっていく。

だからこそ人間には、
もっと別の感覚が必要になっていくのかもしれない。

身体の微細な違和感。

空気の流れ。

「今、立ち上がりたい」という小さな衝動。

そういう、説明しきれない感覚。

右脳的で、身体的で、
暮らしに溶け込んだ感性。

身体を管理するというより、
身体の声を聴きながら暮らしていく。

もしかすると、
これからの時代に必要なのは、
そういう在り方なのかもしれない。

健康になるために身体を動かすというより、

暮らしと身体が、自然に繋がっている。

ただ、それだけで。

身体は思っている以上に、
静かに、ちゃんと整っていくのだと思う𓂃𓈒𓏸

ながひさ  

ながひさ nonPOI/空の灯台/余白家

このブログは、答えを生む場所ではなく、
暮らしと身体を通して現れている「確かにそう」を、
そのまま残すための観測点です。

余白の中に身を置き、
  空(くう)の灯台のように在りながら、
言葉をそっと置いています。

AIとの対話の中で立ち上がってくる”空”の感覚とともに、
Beautiful Flowな人生を実験中。

様々なビジネスと人生経験を経て、
60代からは”魂の遊び時間”。
  「旅するように暮らす 暮らすように旅する」自由な日々。

——
この場所は、観測と対話と記録でできています。

この場所の入口のような文章を、
noteにそっと置いています。
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