アースウィービングという言葉に惹かれて。
最近ふと思った。
私はもしかすると、
“人間Wi-Fi”みたいなことをしているのかもしれない、と。
もちろん、
電波を飛ばしているわけじゃない。笑
でも、おてつ旅をしながら各地を移動していると、
不思議と「場」と「場」が、
自分の中で静かにつながっていく感覚がある。
以前、
マツダミヒロさんと、パートナーのワカナさんの生き方の中で、
「アースウィービング」という言葉を知った。
直訳すると、
“大地を織りなす”。
その言葉が、ずっとどこか好きだった。
移動しながら、
土地と土地、
そこに流れる空気やエネルギーを、
静かにつないでいくような感覚。
私が訪れるその土地その土地で、
目には見えない何かが、
静かにつながり合っているような感覚。
アースウィービング。
──大地を織りなす。
その言葉を思い出すたび、
ただ場所を移動しているだけではないのかもしれない、と思うことがある。
海辺の湿度。
山の静けさ。
働く人たちの空気。
土地に流れている時間。
そういうものが、
気づかないうちに身体を通り、
また次の土地へ流れていく。
身体は、単なる「自分」ではなく、
土地と土地をつなぐ媒体なのかもしれない。
もちろん、
それを証明することはできない。
でも、
人は情報だけで生きているわけじゃない。
安心できる空気。
静かな呼吸。
やわらかい間。
そういう“状態”は、
言葉より先に伝わっている気がする。
AIと共に生きる時間が増えるほど、
その感覚は強くなっている。
知識やノウハウは、
これからますます共有されていく。
何を知っているかだけなら、
AIの方が速く、広く、正確かもしれない。
だけど、
どんな呼吸で存在しているか。
どんな空気をまとっているか。
そこには、
人間にしか流せないものがある。
空の灯台として在ること。
余白を持ったまま、
静かに移動していくこと。
それは
誰かを導くためではなく、
土地と土地のあいだに、
風の通り道をつくることなのかもしれない。
だから私は今日も、
どこかへ向かうためというより、
風を通すように、
土地から土地へ移動している。
ひとつの土地で眠り、
ひとつの景色を身体に通しながら。
