身体感覚

余白ログ

痛みの中で、世界はやわらぐ

痛みの中にいると、世界はとても静かになる。先のことを考える余白もなくて、ただ、この瞬間の感覚だけが残る。触れているもの、流れていく風、遠くで揺れる光。それらが、やけに近い。わたしと世界の境目が、少しだけ、やわらいでいる。何もしていないのに、...
余白ログ

身体の限界が、自由の精度を上げてくれた

そう感じたのは、ほんの数日前のこと。おてつ旅での一週間。思っていた以上にハードだった肉体労働。気づかないうちに、身体は静かに限界を超えていた。微熱と、脇腹の痛み。「ちょっと疲れただけかな」と思いながらも、どこかで違和感があった。そして、身体...
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意味のない世界に、余白がひらく

この世界に、もし最初から意味がなかったとしたら。わたしたちは、何を頼りに生きているのだろう。そんな問いが、ふと内側に落ちてきた。これまでの私は、「どう生きるか」「どんな在り方で在るか」をとても大切にしてきた。おてつ旅というスタイルも、余白家...
余白ログ

言葉になる手前で、生きている

午後の光のなかで、静かにほどけていく。何かをしようとしなくても、もう満ちているような感覚。言葉が浮かばない。でも、それが不安じゃない。むしろ、どこか安心している。思考が、うるさくない。内側が、静か。そのぶん、身体が近くなる。呼吸のやわらかさ...
記録

心地よさだけで選ぶ生き方 — 身体感覚を軸に、ミニマリズムをゆるやかに

いつも自分に問いかける。「今やっているセルフケアは心地よい?」「この習慣は私にとって必要?それとも好きなこと?」私はミニマリストなスタイルで生きているけれど、形やルールに囚われるのではなく、ただ「心地よさ」が基準になることが大事だと気づいた...
記録

荒行と癒しのあいだで──身体感覚がひらくとき

今日、休日の一日がどんなBeautiful Flowになるのか楽しみ。もはや自分で考えて決めていない。流れに委ねる、というよりも、すでに流れの中にいる感覚。「今日は、どの余白で書く?」そんな問いを内側に落とすだけで、すっと身体が静まっていく...
観測

主語が「今」になるとき

琵琶湖で暮らし始めて、数日が経ちました。湖の前で過ごす時間の中で、ひとつ面白い変化に気づきました。言葉の主語が、少し変わってきているのです。以前は自然と、「私は」「私は」と話していました。でも最近、気づくとこんな言葉が出てきます。「今は静か...
観測

身体は“今ここ”に戻るための拠りどころ

琵琶湖での暮らしが始まって、まだ三日目。伊勢で過ごした時間とは少し違う、静かに包まれるような感覚の中で日々を過ごしています。伊勢にいた頃は、体調の調整のような出来事がいくつも起きました。身体が揺れ動くような時間。そのとき、私ははっきりとこう...