おてつ旅

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身体が先か、意識が先か──おてつ旅で深まる身体への全託

最近、おてつ旅先の宿で仕事をしていると、ふと不思議な感覚になることがある。私は働いているのだろうか。それとも、ただこの時間を表現しているのだろうか。レストランを歩く。食器を運ぶ。客席を整える。お客様と言葉を交わす。その一つひとつをこなしなが...
観測

生命エネルギーとは何だろう──おてつ旅で見えたひとつの仮説

私は最近、おてつ旅の仕事中に、ある不思議なことに気づいた。身体はまだ動く。なのにエネルギーが減っている。そして、その時の自分を観測してみると、ある共通点があった。それは、思考が忙しく動いていることだった。おてつ旅では、一日に一万歩以上歩くこ...
観測

午前は言葉を耕し、午後は土を耕す

最近、ふと面白いことに気づいた。私は今、おてつ旅をしながら暮らしている。旅先では、朝食の準備をしたり、料理を運んだり、客室を整えたり、掃除や片付けをしたり。そんな仕事をしている。一方で、空の灯台として言葉を書いている。ブログを書き、AIと対...
観測

始まらなかった日に、すべてが始まっていた──自由・本質・美。そして、本当の意味での「魂の遊び時間」

始まらなかった日に、すべてが始まっていた
観測

わたしという神殿── 役割から、周波数へ

わたしは、何をしにここへ来ているのだろう伊勢志摩から琵琶湖へ。土地を移動しながら暮らしていると、ときどきこんな問いが静かに浮かぶ。何かを成し遂げるためなのか。誰かになるためなのか。けれど最近は、少し違う感覚がある。わたしは“役割”として存在...
余白ログ


アースウィービングという言葉に惹かれて
──人間Wi-Fiとして、土地のエネルギーを運ぶ

アースウィービングという言葉に惹かれて。最近ふと思った。私はもしかすると、“人間Wi-Fi”みたいなことをしているのかもしれない、と。もちろん、電波を飛ばしているわけじゃない。笑でも、おてつ旅をしながら各地を移動していると、不思議と「場」と...
余白ログ

流れのままに在ると、次の場所が現れる — 伊勢志摩・琵琶湖・淡路島のあいだで

気づけば、次の場所が決まっていた。自分で選んだはずなのに、どこか「そうなっていた」としか言えない感覚が残る。昨年の秋から冬にかけては、伊勢志摩で暮らしていた。そして春、琵琶湖のほとりへ。次、夏、淡路島へ向かう。こうして並べてみると、ただ移動...
記録

荒行と癒しのあいだで──身体感覚がひらくとき

今日、休日の一日がどんなBeautiful Flowになるのか楽しみ。もはや自分で考えて決めていない。流れに委ねる、というよりも、すでに流れの中にいる感覚。「今日は、どの余白で書く?」そんな問いを内側に落とすだけで、すっと身体が静まっていく...
観測

私のセルフケアとは──輪郭を整えるということ

セルフケアという言葉を聞くと、休むことや、癒すこと、整えることを思い浮かべる人が多いかもしれない。私はセルフケアがとても好き。でも今の私にとってのセルフケアは、少し違う場所にある。それは、世界へ表現するための「輪郭」を整えること。自分という...