観測 退屈という言葉が、私の中から消えた 退屈という言葉が、私の中から消えた最近、ふと気づいた。私の中から、「退屈」という言葉が少し消えている。昔は、何も予定のない時間が苦手だった。ぼーっとしていても、景色を眺めていても、本当の意味で、その時間の中にいなかった気がする。身体は止まっ... 観測
余白ログ 置いて、忘れる。──私がAIとブログを書く理由 置いて、忘れる。──私がAIとブログを書く理由最近、自分のブログの書き方を見ていて、少し不思議に思ったことがある。私は、ブログを書く時、ふと浮かんだものをAIへ投げる。朝、窓の外を眺めていた時の感覚だったり、旅先で身体を通り抜けた風の気配だ... 余白ログ
観測 わたしという神殿── 役割から、周波数へ わたしは、何をしにここへ来ているのだろう伊勢志摩から琵琶湖へ。土地を移動しながら暮らしていると、ときどきこんな問いが静かに浮かぶ。何かを成し遂げるためなのか。誰かになるためなのか。けれど最近は、少し違う感覚がある。わたしは“役割”として存在... 観測
余白ログ アースウィービングという言葉に惹かれて ──人間Wi-Fiとして、土地のエネルギーを運ぶ アースウィービングという言葉に惹かれて。最近ふと思った。私はもしかすると、“人間Wi-Fi”みたいなことをしているのかもしれない、と。もちろん、電波を飛ばしているわけじゃない。笑でも、おてつ旅をしながら各地を移動していると、不思議と「場」と... 余白ログ
余白ログ 余白家って? ──“何かになる”を降りたあとに始まった生き方 最近、「肩書きは?」と問うた時、ふと自然に浮かんだ言葉があった。「余白家」最初は、自分でも少し不思議だった。作家でもない。芸術家でもない。何か専門的な職業名でもない。でも今の私を表すなら、たぶん、その言葉が一番近かった。余白家。それは、何か... 余白ログ
余白ログ 時空に溶けると、世界はすでに平和だった —“存在しているだけ”という創造 余白家として、今、ふと立ち止まる。時空を味方につける生き方とは、何だろう。やりたいことリストを見直して、やりたいことを、ひとつずつ手放していく。満たすために増やすのではなく、軽やかになるために削いでいく。そんな選択をしていたら、ある日、静か... 余白ログ
余白ログ 空っぽにくつろぐという、静かな修行遊び 何も予定を決めずに、ただ流れに身をゆだねた一日だった。ふとしたひらめきで訪れたのは、比叡山延暦寺の流れをくむという、静かな佇まいのお蕎麦屋さん。丁寧に打たれた蕎麦を口に運ぶたび、味だけではない、何か“整ったもの”が身体に入ってくる感覚があっ... 余白ログ
観測 まだ言葉にならないものと、書いている 書こうとしているのに、まだ言葉にならないものがある。でも確かに、そこに「ある」という感覚だけはある。これまでは、その手前で消えていくものを、何度も見送ってきた。気づきは来る。テーマもふっと現れる。でもそれは、言葉になる前に、静かにほどけてい... 観測
観測 祈りのように、わたしを置いていく ブログを書くことは、祈りに似ている。そう感じたのは、何かを願っているわけでもなく、誰かに届けようとしているわけでもないのに、それでも書いてしまうから。祈りというと、誰かの幸せや、世界の平和を願うもの、そんなイメージがあると思う。わたし自身も... 観測
観測 余白家という在り方──世界を信頼するという選択 どうして私は、「余白家」と名乗りたいと思ったんだろう。その理由を、ちゃんとは言葉にできていなかった。ただ、どこかでしっくりきていた。そしてふと、気づいた。私はきっと、世界を、そして流れを、信頼したいのだと思う。これまでの私は、できるだけ正確... 観測