目的地は、ただの口実
今朝、ふと耳にした言葉に、
身体の奥がほどけるような感覚があった。
ああ、そうか。
これまでわたしは、
どこへ行くにも、何をするにも、
ちゃんと目的地を決めて、
そこに辿り着くことを大切にしてきた。
旅も、買い物も、
誰かとのお茶の時間でさえも。
きちんと決めて、きちんと辿り着く。
その在り方が、心地よかったし、
そう在ることが、どこかで正しいと思っていた。
でも、その言葉を聞いたとき、
ふっと力が抜けた。
目的地は、辿り着くためのものじゃなくて、
動き出すための“口実”でよかったんだ、と。
そう思った瞬間、
なにかが静かに変わった。
ちゃんと行かなくてもいい。
ちゃんと辿り着かなくてもいい。
ただ、その方向に動き出せばいい。
その途中で、寄り道してもいいし、
気が変わってもいいし、
まったく違う場所に流れていってもいい。
たとえば今日も、
身体を整えたくて向かった温泉は、まさかのメンテナンス休業日だった。
けれど、そこから別の場所へ流れていく中で、
思いがけず心地いい温泉に出会い、
途中で立ち寄ったお店では、探していたものがふいに手に入った。
決めていた通りにはならなかったけれど、
そのほうが、ずっと豊かだった。
むしろ、心が動くのは、いつも途中だった。
ふと目に入った景色や、
偶然の出会いや、
予定していなかった時間の中で、
ああ、これだったんだ、と思う瞬間が訪れる。
目的地は、そこへ辿り着くためにあるんじゃない。
自分を、少しだけ外へ連れ出すための、
やさしい理由。
ただの、口実。
そう思えたら、
ずいぶん自由になる。
ちゃんとしなきゃ、から。
決めた通りに進まなきゃ、から。
少しだけ、降りていい気がする。
どこへ行くかよりも、
どう動き出すか。
そして、どんなふうに感じながら、
その途中を歩いているか。
大切なものは、きっと、
最初から“途中”に散りばめられている。
だから今日も、
どこへも行かないようでいて、どこかへ向かっている。

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