朝、コーヒーを淹れていたとき、
ふと、自分の身体に意識が戻ってきた。
お湯を注ぐ手の感覚。
立っている足の重さ。
呼吸のゆっくりしたリズム。
ただそれに触れているだけで、
遠くにあった意識が、すっと戻ってくる。
そのとき、はっきりと感じた。
全力で、生命そのもの。
全力で、自由な野生生物。
全力で、世界とともに存在する。
何かを頑張っているわけではない。
むしろ、余計なものがなくなったときに現れる、
そのままの在り方。
思考で整えなくても、
意味をつくらなくても、
ただ身体に居るだけで、
“生きている”が満ちている。
これまで、
いつも身体とともに在りたいと思っていた。
今ここを、大切に生きていたいと願っていた。
でも今は、少し違う。
そう在ろうとしなくても、
すでにそう在るものとして生きている。
この身体も、
この呼吸も、
この瞬間も、
すべて、大きな生命の流れの中にある。
自分が生きているのではなく、
この世界が私の表現を起こし、存在している。
委ねるというのも、
特別なことではなかった。
抗わず、止めず、
ただこの流れの中で生きているとき、
気づけば、すべてはもう委ねられている。
洗い物をしているときも、
歩いているときも、
身体に戻るだけで、
この感覚はいつでもここにある。
特別なことは何もいらない。
ただ、全力で在る。
今日もまた、
この世界とともに存在している。

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