今ここ

記録

神経に還る2週間 — 痛みの中で、今に触れた

数日続いたハードなおてつ旅のあと、身体に、ひとつの変化が現れた。帯状疱疹。電気が走るような痛み。鼓動するような疼き。皮膚の奥で、何かがざわざわと動き続ける感覚。それらは、消えることなく、ただ、ずっとそこにあった。気づけば私は、その感覚と、常...
余白ログ

痛みの中で、世界はやわらぐ

痛みの中にいると、世界はとても静かになる。先のことを考える余白もなくて、ただ、この瞬間の感覚だけが残る。触れているもの、流れていく風、遠くで揺れる光。それらが、やけに近い。わたしと世界の境目が、少しだけ、やわらいでいる。何もしていないのに、...
余白ログ

言葉になる手前で、生きている

午後の光のなかで、静かにほどけていく。何かをしようとしなくても、もう満ちているような感覚。言葉が浮かばない。でも、それが不安じゃない。むしろ、どこか安心している。思考が、うるさくない。内側が、静か。そのぶん、身体が近くなる。呼吸のやわらかさ...
余白ログ

時空に溶けると、世界はすでに平和だった —“存在しているだけ”という創造

余白家として、今、ふと立ち止まる。時空を味方につける生き方とは、何だろう。やりたいことリストを見直して、やりたいことを、ひとつずつ手放していく。満たすために増やすのではなく、軽やかになるために削いでいく。そんな選択をしていたら、ある日、静か...
観測

全力で在る──生命そのものとして生きる

朝、コーヒーを淹れていたとき、ふと、自分の身体に意識が戻ってきた。お湯を注ぐ手の感覚。立っている足の重さ。呼吸のゆっくりしたリズム。ただそれに触れているだけで、遠くにあった意識が、すっと戻ってくる。そのとき、はっきりと感じた。全力で、生命そ...
記録

琵琶湖に溶ける朝──わたしの輪郭がほどけ、「今ここ」に還る

今朝、部屋のベランダから琵琶湖を眺めていた。水面が、きらきらと光っている。祝日の朝だからか、小さな釣り舟がいくつも浮かんでいた。静かで、ただ穏やかな景色。それを眺めているうちに、ふと、自分の輪郭がゆるんでいく感覚があった。見ているはずなのに...
観測

空っぽに、空っぽでくつろぐ — 琵琶湖で始まった次の段階

琵琶湖に来て、ひとつ気づいたことがあります。思っていたより、仕事の時間がとても短い。伊勢志摩に滞在していたときは、かなり忙しかった。ある意味、強制的に「今ここ」に集中せざるを得ない時間。だからこそ、思考は静かになり、身体と意識がひとつに整っ...
観測

主語が「今」になるとき

琵琶湖で暮らし始めて、数日が経ちました。湖の前で過ごす時間の中で、ひとつ面白い変化に気づきました。言葉の主語が、少し変わってきているのです。以前は自然と、「私は」「私は」と話していました。でも最近、気づくとこんな言葉が出てきます。「今は静か...
観測

身体は“今ここ”に戻るための拠りどころ

琵琶湖での暮らしが始まって、まだ三日目。伊勢で過ごした時間とは少し違う、静かに包まれるような感覚の中で日々を過ごしています。伊勢にいた頃は、体調の調整のような出来事がいくつも起きました。身体が揺れ動くような時間。そのとき、私ははっきりとこう...
観測

どこにも向かわない生き方 ──世界は、いまだけで出来ている

さっきまでのことをどこまで「過去」と呼べるのだろう。朝の湯気はもう消えているのに、その温かさは、まだ手の中に残っている。消えたのか、続いているのか、よく分からないまま一日が始まる。最近、過去や未来をほとんど使わずに暮らす先住民の話を読んだ。...