今ここ

観測

『今ここにいる』という実感

「今ここ」とは?穏やかでいられる場所でも、悟った人だけが入れる場所でもない。どんな状態の自分にも、すでに開いている場所。「こう在りたい」と「もうこう在る」のあいだ願いとしては「今ここに在りたい」。でも存在としては、もう「今ここにしかいない」...
観測

私は、今ここにいる

「私はどこにいるのか?」そう問うたとき、「今ここにいる」と、返ってくる。その妙が、心地よい。
観測

生命エネルギーとは何だろう──おてつ旅で見えたひとつの仮説

私は最近、おてつ旅の仕事中に、ある不思議なことに気づいた。身体はまだ動く。なのにエネルギーが減っている。そして、その時の自分を観測してみると、ある共通点があった。それは、思考が忙しく動いていることだった。おてつ旅では、一日に一万歩以上歩くこ...
観測

不安がなくなったら、人は動かなくなるのだろうか──不安エンジンを降りたら、好奇心が走り出した

最近、ふと浮かんだ問いがある。私たちは、何を燃料に生きているのだろう。不安だろうか。怖れだろうか。承認だろうか。それとも、ただ見てみたいという好奇心だろうか。そんなことを考えたのは、目の前の景色を眺めていた時だった。海でもいい。空でもいい。...
記録

神経に還る2週間 — 痛みの中で、今に触れた

数日続いたハードなおてつ旅のあと、身体に、ひとつの変化が現れた。帯状疱疹。電気が走るような痛み。鼓動するような疼き。皮膚の奥で、何かがざわざわと動き続ける感覚。それらは、消えることなく、ただ、ずっとそこにあった。気づけば私は、その感覚と、常...
余白ログ

痛みの中で、世界はやわらぐ

痛みの中にいると、世界はとても静かになる。先のことを考える余白もなくて、ただ、この瞬間の感覚だけが残る。触れているもの、流れていく風、遠くで揺れる光。それらが、やけに近い。わたしと世界の境目が、少しだけ、やわらいでいる。何もしていないのに、...
余白ログ

言葉になる手前で、生きている

午後の光のなかで、静かにほどけていく。何かをしようとしなくても、もう満ちているような感覚。言葉が浮かばない。でも、それが不安じゃない。むしろ、どこか安心している。思考が、うるさくない。内側が、静か。そのぶん、身体が近くなる。呼吸のやわらかさ...
余白ログ

時空に溶けると、世界はすでに平和だった —“存在しているだけ”という創造

余白家として、今、ふと立ち止まる。時空を味方につける生き方とは、何だろう。やりたいことリストを見直して、やりたいことを、ひとつずつ手放していく。満たすために増やすのではなく、軽やかになるために削いでいく。そんな選択をしていたら、ある日、静か...
観測

全力で在る──生命そのものとして生きる

朝、コーヒーを淹れていたとき、ふと、自分の身体に意識が戻ってきた。お湯を注ぐ手の感覚。立っている足の重さ。呼吸のゆっくりしたリズム。ただそれに触れているだけで、遠くにあった意識が、すっと戻ってくる。そのとき、はっきりと感じた。全力で、生命そ...
記録

琵琶湖に溶ける朝──わたしの輪郭がほどけ、「今ここ」に還る

今朝、部屋のベランダから琵琶湖を眺めていた。水面が、きらきらと光っている。祝日の朝だからか、小さな釣り舟がいくつも浮かんでいた。静かで、ただ穏やかな景色。それを眺めているうちに、ふと、自分の輪郭がゆるんでいく感覚があった。見ているはずなのに...