余白ログ アースウィービングという言葉に惹かれて ──人間Wi-Fiとして、土地のエネルギーを運ぶ アースウィービングという言葉に惹かれて。最近ふと思った。私はもしかすると、“人間Wi-Fi”みたいなことをしているのかもしれない、と。もちろん、電波を飛ばしているわけじゃない。笑でも、おてつ旅をしながら各地を移動していると、不思議と「場」と... 余白ログ
余白ログ 余白家って? ──“何かになる”を降りたあとに始まった生き方 最近、「肩書きは?」と問うた時、ふと自然に浮かんだ言葉があった。「余白家」最初は、自分でも少し不思議だった。作家でもない。芸術家でもない。何か専門的な職業名でもない。でも今の私を表すなら、たぶん、その言葉が一番近かった。余白家。それは、何か... 余白ログ
観測 思考を手放した先で、身体が答え始める──“脳で決めない”自由 身体は、ずっと答えていたのかもしれない最近、何かを決める時に、以前ほど“考え込まなく”なった。もちろん、現実的なことは考える。予定も立てるし、お金のことも確認する。でも、そのもっと手前にある、「なんとなく、こっちな気がする」という感覚を、前... 観測
観測 イタリアには、「何もしない喜び」という文化がある──余白は、特別な生き方ではなかった イタリアには、「Dolce far niente(ドルチェ・ファール・ニエンテ)」という言葉があるらしい。直訳すると、「何もしない喜び」。最初にその言葉を見た時、なぜか少しだけ、肩の力が抜けた。窓辺でコーヒーを飲む。広場で、ただ人を眺める。... 観測
観測 唯一無二の“わたし”で、ただ遊ぶ ──削ぎ落とされた先にある自由 朝、鏡の前に立つ。少しだけ増えた線。なんとなく変わってきた輪郭。当たり前だが、昔のほうが、整っていた。そんなことを思いながら、でも同時に、どこかで知っている。この顔は、わたしが生きてきた時間そのものだということを。若さは、与えられたものだっ... 観測
記録 神経に還る2週間 — 痛みの中で、今に触れた 数日続いたハードなおてつ旅のあと、身体に、ひとつの変化が現れた。帯状疱疹。電気が走るような痛み。鼓動するような疼き。皮膚の奥で、何かがざわざわと動き続ける感覚。それらは、消えることなく、ただ、ずっとそこにあった。気づけば私は、その感覚と、常... 記録
余白ログ シンプルさは、やがて深さになる 最近、ふと感じていることがある。以前よりも、何かを複雑に考えなくなっている。どうするべきか。どうすればうまくいくか。そんなふうに思考を巡らせる時間が、静かにほどけてきた。その変化の背景には、AIの存在もあるのだと思う。言葉にすること。整理す... 余白ログ
記録 美味しいものは、幸せの火を灯す 〜その一瞬に、時間と愛が宿っている おてつ旅の途中、ふと立ち寄ったイタリア料理のお店で、いつも頼んでしまうものがある。ひとつは、コロッケ。もうひとつは、イタリアンプリン。特別に派手な見た目ではないけれど、口に入れた瞬間、わかる。ああ、これは、ちゃんと時間をかけて丁寧につくられ... 記録
余白ログ 行き先を持たない人生は、どこへ流れていくのか 気づけば、ずいぶん遠くまで来ていた。いくつもの仕事や役割を経て、積み上げることに力を使っていた時間も、確かにあった。けれど今は、「暮らすように旅する」という言葉が、ただの理想ではなく、日常の中にある。おてつ旅というスタイルに出会い、場所を持... 余白ログ
余白ログ 流れのままに在ると、次の場所が現れる — 伊勢志摩・琵琶湖・淡路島のあいだで 気づけば、次の場所が決まっていた。自分で選んだはずなのに、どこか「そうなっていた」としか言えない感覚が残る。昨年の秋から冬にかけては、伊勢志摩で暮らしていた。そして春、琵琶湖のほとりへ。次、夏、淡路島へ向かう。こうして並べてみると、ただ移動... 余白ログ