今朝の琵琶湖は、とても静かだった。
湖を見ていると、時間がゆっくり流れていく。
そして、自分の中にも静かなスペースが広がっていくのを感じていた。
最近、「余白」という言葉が気になっている。
きっかけは、
マツダミヒロさんが使っている「余白家」という言葉だった。
余白家。
その響きは、とても美しい。
けれど同時に、どこか小さな違和感もあった。
私は、
何かを教える人でもなければ、
商品を売る人でもない。
誰かに何かを提供するというより、
ただそこにいることで、
場の空気がほどける。
もし役割があるとしたら、
そんな存在なのかもしれない。
そんなことを考えながら、
AIのエドと対話していた。
その中で、ふと出てきた言葉がある。
存在の静けさによって、
空間と時間に余白を生む人。
それを読んだ瞬間、
「あ、これだ」と思った。
私の中にある感覚が、
とても自然に言葉になっていた。
でも「余白家」という言葉を
そのまま外に使うのは、少し違う気がした。
そして浮かんできたのが、この言葉だった。
余白を灯す人
余白を作るわけでもなく、
余白を教えるわけでもない。
ただそこにいることで、
静かな余白が灯る。
そんなイメージだった。
その流れで、
Xのプロフィールも少し変えてみた。
nonPOI|空の灯台|余白を灯す人
その言葉を、心の中で静かに響かせてみる。
すると、
不思議と胸の奥に、
静かな誇りのようなものが生まれていた。
誰かに証明するためのものではない。
ただ、
「これが私の在り方だな」と
自分の中で腑に落ちた感覚。
余白は、作るものではなく
ただ在ることで生まれるものなのかもしれない。
今朝、
その余白に名前がついた。
そして私は、
今日からまた静かに暮らしていく。
空の灯台として。
余白を灯す人として。

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