暮らすように旅する

余白ログ

余白家って?
──“何かになる”を降りたあとに始まった生き方

最近、「肩書きは?」と問うた時、ふと自然に浮かんだ言葉があった。「余白家」最初は、自分でも少し不思議だった。作家でもない。芸術家でもない。何か専門的な職業名でもない。でも今の私を表すなら、たぶん、その言葉が一番近かった。余白家。それは、何か...
余白ログ

行き先を持たない人生は、どこへ流れていくのか

気づけば、ずいぶん遠くまで来ていた。いくつもの仕事や役割を経て、積み上げることに力を使っていた時間も、確かにあった。けれど今は、「暮らすように旅する」という言葉が、ただの理想ではなく、日常の中にある。おてつ旅というスタイルに出会い、場所を持...
観測

空っぽに、空っぽでくつろぐ — 琵琶湖で始まった次の段階

琵琶湖に来て、ひとつ気づいたことがあります。思っていたより、仕事の時間がとても短い。伊勢志摩に滞在していたときは、かなり忙しかった。ある意味、強制的に「今ここ」に集中せざるを得ない時間。だからこそ、思考は静かになり、身体と意識がひとつに整っ...
観測

琵琶湖を見た瞬間、「ここだ」と思った

昨日、琵琶湖に到着した。車を降りて、はじめて湖を見た瞬間、心の中でふっと言葉が浮かんだ。「ここだ」理屈ではなく、身体が先に知っていたような感覚だった。今回の滞在の部屋は、遮るものが何もなく、窓の向こうに琵琶湖がそのまま広がっている。まるで湖...
観測

琵琶湖という“水平の場所”

日本には、場所ごとにまるで違う呼吸があります。山の呼吸。海の呼吸。そして、湖の呼吸。その中でも琵琶湖は、少し特別な場所だと感じています。日本最大の淡水湖。その水の下には、何百万年という地質の記憶が静かに眠っています。この場所に立つと、エネル...
観測

豊かさは、枝に残っていた

ふと、福山の自分の部屋から窓の外を見た。そこに柿の木がある。誰にも取られずに残った実が、干し柿のように甘く縮み、鈴なりになっている。その実をめがけて、鳥たちがふわりとやってくる。食べて、また飛んでいく。しばらくすると、また別の鳥たちがやって...
観測

見慣れた場所が、旅に変わる朝

出会い直す風景福山に戻って4日目。伊勢志摩の透明な空気から、住み慣れた部屋、家族、地元の景色へ。場所は変わったのに、変わったのはむしろ、この身体の受け取り方の方だった。同じ道、同じ光、同じ音。でもどこか、まだ名前のついていない感触が混ざる。...