暮らしは神さま
朝は、何も語らない。
湯が静かに温まり、
コーヒーの香りが
部屋の空気をほどいていく。
その間だけは、
身体を確かめようとしていた私も、
いつの間にか消えていた。
今日の私は大丈夫だろうか。
その問いよりも先に、
お湯は沸き、
朝は始まっていた。
暮らしは、
何かを証明する場所ではない。
湯を注ぐこと。
湯気を見つめること。
一口、味わうこと。
その小さな営みが、
「大丈夫」を思い出させてくれる。
身体を信じることは、
身体を見張ることではなかった。
暮らしは神さま。
毎朝、
何も言わずに、
そう教えてくれていた。
