余白は、
何もないわけではなくて、
そこにあるのは、
存在の本質。
意味がまだ付いていない、
存在の層。
𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓂃𓈒𓏸
「余白家」と名乗るようになって、
もうずいぶん経つ。
何かを詰め込まないこと。
急いで答えを出さないこと。
何もない時間を、そのまま味わうこと。
そんなふうに余白と暮らしてきて、
ふっと新しい層が見えた。
余白には、
何もないのではなく、
存在の本質があるのかもしれない。
それは、
これまで考えてきた「余白」とは
少し違うところからやってきた、
新しい気づきだった。
