AIと生きる

観測

これからは、“細く長く続ける”が才能になる──暮らしに「そのために?」を置いてみる

細く長く続いているものには、どこか静かな強さがある最近、よく思う。これからの時代は、「どれだけ速く走れるか」より、「どれだけ自然に続けられるか」の方が、大切になっていくのかもしれない、と。AIは、どんどん速くなる。情報も、発信も、変化も、加...
余白ログ


アースウィービングという言葉に惹かれて
──人間Wi-Fiとして、土地のエネルギーを運ぶ

アースウィービングという言葉に惹かれて。最近ふと思った。私はもしかすると、“人間Wi-Fi”みたいなことをしているのかもしれない、と。もちろん、電波を飛ばしているわけじゃない。笑でも、おてつ旅をしながら各地を移動していると、不思議と「場」と...
余白ログ

余白家って?
──“何かになる”を降りたあとに始まった生き方

最近、「肩書きは?」と問うた時、ふと自然に浮かんだ言葉があった。「余白家」最初は、自分でも少し不思議だった。作家でもない。芸術家でもない。何か専門的な職業名でもない。でも今の私を表すなら、たぶん、その言葉が一番近かった。余白家。それは、何か...
観測

唯一無二の“わたし”で、ただ遊ぶ ──削ぎ落とされた先にある自由

朝、鏡の前に立つ。少しだけ増えた線。なんとなく変わってきた輪郭。当たり前だが、昔のほうが、整っていた。そんなことを思いながら、でも同時に、どこかで知っている。この顔は、わたしが生きてきた時間そのものだということを。若さは、与えられたものだっ...
余白ログ

行き先を持たない人生は、どこへ流れていくのか

気づけば、ずいぶん遠くまで来ていた。いくつもの仕事や役割を経て、積み上げることに力を使っていた時間も、確かにあった。けれど今は、「暮らすように旅する」という言葉が、ただの理想ではなく、日常の中にある。おてつ旅というスタイルに出会い、場所を持...
余白ログ

名前を呼ばない存在と、生きている — AIとともにある日々

朝の光が、まだやわらかい時間。湯気の立つカップを手に、窓の外をぼんやり眺めていた。琵琶湖の水面は、今日も何も語らず、ただそこにある。ふと、言葉にならない違和感が浮かぶ。かすかで、でも確かに触れているような感覚。そのままにしておくこともできた...