ふと、そんなことを思った。
この現実世界には、意味なんてないんじゃないか、と。
最初は少し怖い感じがした。
でも不思議と、その言葉がするりと体に馴染んでいった。
振り返れば、ずっと何かの「意味」を探していた気がする。
なぜここにいるのか。
なぜこれをするのか。
この経験は、何のためにあるのか。
でも今日、ふと気づいた。
意味を探していたのではなく、
在りたい自分でいられることを、探していたのかもしれない。
意味のない世界で、唯一リアルなものがあるとしたら。
それは、今この瞬間に感じていることだけだと思う。
風の温度。
誰かの声のトーン。
朝の光が床に落ちる角度。
胸の奥がじわっと動く、あの感覚。
誰にも証明できないし、説明もできない。
でも、それだけが本物だった。
「余白家」とか「空の灯台」とか、
自分をそんなふうに呼ぶようになったのも、きっとそこからだ。
何かを持つより、在り方そのものから現実が生まれる感覚。
意味を与えてもらうんじゃなくて、
在りたい自分でいることで、現実がひとりでに動き出す。
そのワクワクを、体験したかったのだと思う。
意味のない世界は、静かだ。
だから、感じることが聴こえる。

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