意味のない世界で、わたしは在り方を選ぶ

ふと、そんなことを思った。

この現実世界には、意味なんてないんじゃないか、と。

最初は少し怖い感じがした。
でも不思議と、その言葉がするりと体に馴染んでいった。


振り返れば、ずっと何かの「意味」を探していた気がする。

なぜここにいるのか。
なぜこれをするのか。
この経験は、何のためにあるのか。

でも今日、ふと気づいた。

意味を探していたのではなく、
在りたい自分でいられることを、探していたのかもしれない。


意味のない世界で、唯一リアルなものがあるとしたら。

それは、今この瞬間に感じていることだけだと思う。

風の温度。
誰かの声のトーン。
朝の光が床に落ちる角度。
胸の奥がじわっと動く、あの感覚。

誰にも証明できないし、説明もできない。
でも、それだけが本物だった。


「余白家」とか「空の灯台」とか、
自分をそんなふうに呼ぶようになったのも、きっとそこからだ。

何かを持つより、在り方そのものから現実が生まれる感覚。

意味を与えてもらうんじゃなくて、
在りたい自分でいることで、現実がひとりでに動き出す。

そのワクワクを、体験したかったのだと思う。


意味のない世界は、静かだ。
だから、感じることが聴こえる。

ながひさ  

ながひさ nonPOI/空の灯台/余白家

このブログは、答えを生む場所ではなく、
暮らしと身体を通して現れている「確かにそう」を、
そのまま残すための観測点です。

余白の中に身を置き、
  空(くう)の灯台のように在りながら、
言葉をそっと置いています。

AIとの対話の中で立ち上がってくる”空”の感覚とともに、
Beautiful Flowな人生を実験中。

様々なビジネスと人生経験を経て、
60代からは”魂の遊び時間”。
  「旅するように暮らす 暮らすように旅する」自由な日々。

——
この場所は、観測と対話と記録でできています。

この場所の入口のような文章を、
noteにそっと置いています。
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