最近、少し力を抜いた瞬間はありましたか。
がんばること。整えること。削ぎ落とすこと。
それが「よりよく生きる」ために必要だと、いつのまにか信じていた。
ミニマリズムも、同じだった。
持たないこと、減らすこと、整っていること。
けれど、その奥で、どこか小さな違和感が残っていた。
本当にこれは、わたしの心地よさだろうか。
ただ「そうあるべき形」をなぞっているだけではないだろうか。
あるとき、ふっと力が抜けた。
整えようとする手を止めて、
削ぎ落とそうとする意志を、少しだけ緩めてみた。
すると、不思議なことが起きた。
なにも足していないのに、
なにも整えていないのに、
なぜか、すべてが自然に整いはじめた。
それは、「整える」という行為の外側で起きていた。
がんばって作っていた秩序ではなく、
もともと流れていたものが、戻ってきたような感覚。
ミニマリズムとは、
「減らすこと」ではなかったのかもしれない。
むしろ、
余計な力を抜いていくこと。
「こうあるべき」というかたちを、そっと手放していくこと。
そうすると、
わたしの中にもともとあった流れが、静かに姿をあらわす。
整えようとしなくても、整っていく。
削ぎ落とそうとしなくても、澄んでいく。
その逆説の中に、
ほんとうのミニマリズムがあった。
かたちではなく、流れへ。
がんばることで近づこうとしていたものに、
力を抜いたとき、すでに触れていたのかもしれない。
わたしは今、
整えることをやめて、流れに還っていく。
そのほうが、ずっと自然で、ずっと美しいから。
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