余白のある暮らし

観測

これからは、“細く長く続ける”が才能になる──暮らしに「そのために?」を置いてみる

細く長く続いているものには、どこか静かな強さがある最近、よく思う。これからの時代は、「どれだけ速く走れるか」より、「どれだけ自然に続けられるか」の方が、大切になっていくのかもしれない、と。AIは、どんどん速くなる。情報も、発信も、変化も、加...
観測

古代湖と暮らすような時間が、身体と意識に残していったもの

古代湖と暮らすような時間おてつ旅で滞在していた部屋は、3階の小さな住まいだった。ベランダに出ると、その向こうに、毎日、琵琶湖があった。観光地として見る湖ではなく、ただそこに在り続ける、大きな水。朝も、昼も、夕方も。部屋にいる限り、琵琶湖はい...
余白ログ

“自分が感じるための美”を、日常に置く

「日常を作品に」そんな言葉を聞いたとき、ああ、もうすでにそうしているかもしれない、と感じた。特別な何かをしているわけではない。部屋で過ごす時間。食事のひととき。身体を整える時間。休日も、いつもの日も、大きく変わることはない。ただ、ほんの少し...
余白ログ

力を抜いたら、すべてが整いはじめた ──ミニマリズムの逆説

最近、少し力を抜いた瞬間はありましたか。がんばること。整えること。削ぎ落とすこと。それが「よりよく生きる」ために必要だと、いつのまにか信じていた。ミニマリズムも、同じだった。持たないこと、減らすこと、整っていること。けれど、その奥で、どこか...
観測

ぬくもりとAIのあいだで、私は暮らしていく

「聞かないでください」そんな一文からはじまるラジオに、なぜか心が惹かれた。役に立つことや、意味のあることが溢れるこの世界で、その言葉は、どこかほっとする余白のように感じられた。最近、ふと感じていた。望むライフスタイルで満たされているはずなの...
記録

琵琶湖に溶ける朝──わたしの輪郭がほどけ、「今ここ」に還る

今朝、部屋のベランダから琵琶湖を眺めていた。水面が、きらきらと光っている。祝日の朝だからか、小さな釣り舟がいくつも浮かんでいた。静かで、ただ穏やかな景色。それを眺めているうちに、ふと、自分の輪郭がゆるんでいく感覚があった。見ているはずなのに...