余白ログ 空っぽにくつろぐという、静かな修行遊び 何も予定を決めずに、ただ流れに身をゆだねた一日だった。ふとしたひらめきで訪れたのは、比叡山延暦寺の流れをくむという、静かな佇まいのお蕎麦屋さん。丁寧に打たれた蕎麦を口に運ぶたび、味だけではない、何か“整ったもの”が身体に入ってくる感覚があっ... 余白ログ
観測 空っぽに、空っぽでくつろぐ — 琵琶湖で始まった次の段階 琵琶湖に来て、ひとつ気づいたことがあります。思っていたより、仕事の時間がとても短い。伊勢志摩に滞在していたときは、かなり忙しかった。ある意味、強制的に「今ここ」に集中せざるを得ない時間。だからこそ、思考は静かになり、身体と意識がひとつに整っ... 観測
観測 空(くう)は、観測の中に現れる― 体験と同一化しないという選択 最近、はっきりと実感していることがあります。それは、観測者でいるとき、私は「空(くう)」でいられるということです。出来事は起きます。感情も湧きます。身体は反応します。けれど、そのすべてと同一化しなければ、そこには静かな余白が生まれます。以前... 観測
記録 深く絡まないという成熟 夕方から、地元ホテルのホールスタッフとして仕事をした。ほんの5時間ほどの、期間限定の役割。終われば手放せる時間。仕事が終わり、ロッカーへ向かう階段を降りながら、私は不思議な感覚の中にいた。小さくもなっていない。広がってもいない。ただ、在る。... 記録