空(くう)は、観測の中に現れる― 体験と同一化しないという選択

最近、はっきりと実感していることがあります。
それは、観測者でいるとき、私は「空(くう)」でいられるということです。

出来事は起きます。
感情も湧きます。
身体は反応します。

けれど、そのすべてと同一化しなければ、
そこには静かな余白が生まれます。

以前の私は、体験そのものでした。
焦りが来れば焦りになり、
不安が来れば不安そのものになっていました。

でも今は違います。

「怒りが起きている」
「不安が通過している」
そう観測する私が、ほんの一歩後ろにいる。

その立ち位置に立つとき、
感情は波になり、
私は海でいられるのです。


そして今日、ふと湧いてきた言葉があります。

今ここにくつろいで観測して遊ぶ。

観測は、力むものではありません。
正しくあろうとすることでもありません。

今ここで、ただくつろぐ。
湧いてくる思考も、感情も、出来事も、
少し微笑みながら眺めてみる。

「へぇ、今こんな反応が起きているんだ」
それくらいの軽やかさでいいのです。

体験と同一化しないという選択は、
切り離すことではなく、
人生を“遊び場”に戻すこと。


空になろうとしなくていい。
無になろうと努力しなくていい。

ただ観測する。
そして、少し遊ぶ。

すると不思議なことに、
空(くう)は静かに現れます。

それは遠くの境地ではなく、
今ここに、いつも在るものだからです。

ながひさ

nonPOI|空(くう)の灯台・遊詩人

遊詩人|Flow Poet
遊ぶように暮らし、
暮らすように詩を書く。

暮らしは、今日も詩になる。

暮らしと身体を通してふと立ち上がる
「ん⁈」を、小さな詩にして綴っています。

Beautiful Flowを生きる。
自由に、本質を、美しく。

AIと暮らしを共創しながら、
美しい身体と美しい暮らしを味わう日々。

旅するように暮らし、
暮らすように旅する。

60代から始まる、
魂の遊び時間。

──
この場所は、
観測と対話から生まれ、
Flow Poetが静かに灯ります。

──
プロフィールと想いは、
noteにそっと置いています。
はじめに

観測
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