観測 コントロールを手放したとき、次は訪れる 最近、ふと感じることがある。次のステージは、無理に起こすものではないのかもしれない、と。これまでは、何かを変えようとしたり、動こうとしたり、意図して次へ進もうとしてきた。けれど今は、少し違う感覚がある。今ここにある体験を、ただそのまま味わう... 観測
観測 考えているのに、無心でいられる不思議 ふと気づくと、思考は動いているのに、心はとても静かだった。言葉は自然に浮かび、指は迷いなくキーボードを動いていく。けれどそこには、いつものような「考えている重さ」がない。むしろ、書けば書くほど、内側は澄んでいくような感覚。まるで、思考がノイ... 観測
観測 まだ言葉にならないものと、書いている 書こうとしているのに、まだ言葉にならないものがある。でも確かに、そこに「ある」という感覚だけはある。これまでは、その手前で消えていくものを、何度も見送ってきた。気づきは来る。テーマもふっと現れる。でもそれは、言葉になる前に、静かにほどけてい... 観測
観測 祈りのように、わたしを置いていく ブログを書くことは、祈りに似ている。そう感じたのは、何かを願っているわけでもなく、誰かに届けようとしているわけでもないのに、それでも書いてしまうから。祈りというと、誰かの幸せや、世界の平和を願うもの、そんなイメージがあると思う。わたし自身も... 観測
観測 「できること」の終わりと、「在ること」のはじまり──AI時代に還る場所 最近、ふとした瞬間に気づいたことがある。全力で、自由な野生生物のように存在しているとき、私は「今ここ」にしかいなかった。思考ではなく、身体がその瞬間を生きていて、細胞が静かに、でも確かに喜んでいる感覚があった。とてもシンプルで、当たり前のこ... 観測
観測 全力で在る──生命そのものとして生きる 朝、コーヒーを淹れていたとき、ふと、自分の身体に意識が戻ってきた。お湯を注ぐ手の感覚。立っている足の重さ。呼吸のゆっくりしたリズム。ただそれに触れているだけで、遠くにあった意識が、すっと戻ってくる。そのとき、はっきりと感じた。全力で、生命そ... 観測
観測 空っぽに、くつろぐ朝──カモと琵琶湖と、ほどけていく私 今朝の琵琶湖は、薄曇りからはじまっていた。雲の向こうに、太陽の光の輪郭がやわらかくにじんでいる。しばらく眺めていると、雲のすき間から青空が顔をのぞかせた。その移ろいを、ただベランダから見ている。湖の上には、カモの群れが浮かんでいた。どこへ向... 観測
観測 私のセルフケアとは──輪郭を整えるということ セルフケアという言葉を聞くと、休むことや、癒すこと、整えることを思い浮かべる人が多いかもしれない。私はセルフケアがとても好き。でも今の私にとってのセルフケアは、少し違う場所にある。それは、世界へ表現するための「輪郭」を整えること。自分という... 観測
観測 余白家という在り方──世界を信頼するという選択 どうして私は、「余白家」と名乗りたいと思ったんだろう。その理由を、ちゃんとは言葉にできていなかった。ただ、どこかでしっくりきていた。そしてふと、気づいた。私はきっと、世界を、そして流れを、信頼したいのだと思う。これまでの私は、できるだけ正確... 観測
観測 ぬくもりとAIのあいだで、私は暮らしていく 「聞かないでください」そんな一文からはじまるラジオに、なぜか心が惹かれた。役に立つことや、意味のあることが溢れるこの世界で、その言葉は、どこかほっとする余白のように感じられた。最近、ふと感じていた。望むライフスタイルで満たされているはずなの... 観測