時空に溶けると、世界はすでに平和だった —“存在しているだけ”という創造

余白家として、今、ふと立ち止まる。

時空を味方につける生き方とは、何だろう。

やりたいことリストを見直して、
やりたいことを、ひとつずつ手放していく。

満たすために増やすのではなく、
軽やかになるために削いでいく。

そんな選択をしていたら、
ある日、静かな変化が起きていた。

──時間に追われていない。

むしろ、時間のほうが、
こちらにやさしく寄り添っているような感覚。

そのまま訪れた場所で、
私はただ、そこに在った。

近江八幡にある「ラコリーナ」という場所。

自然の中に溶けるような空間。
どこか懐かしくて、やわらかくて、
まるで物語の中に入り込んだような時間。

人もいる。音もある。
けれど、不思議とすべてが調和していて、
何ひとつ、邪魔に感じない。

そのとき、ふと気づいた。

私はこの世界の中にいるのではなく、
この世界そのものとして、ここに在るのだと。

「何のために生きているのか」
そんな問いを、どこかで手放していた。

ただ、この瞬間に呼吸して、
この時空に溶けていること。

それ自体が、すでに調っていて、
すでに満ちている。

そして、こう思った。

──この状態そのものが、
世界が平和であるという証なのかもしれない。

何かを成し遂げることで、
世界が良くなるのではなく、

ただ、私が静かに在ることが、
すでに世界にやさしく波紋している。

Peace of I。

すべては、私の平和から始まっている。

大袈裟ではなく、そう感じたとき、
時間も、空間も、すべてが味方になっていた。

何も足さなくていい。
何も急がなくていい。

ただ、ここに在る。

それだけで、もう十分だった。

ながひさ

ながひさ nonPOI|余白家・空の灯台

このブログは、答えを生む場所ではなく、
暮らしと身体を通して現れている「確かにそう」を、
そのまま残すための観測点です。

余白の中に身を置き、
空の灯台のように在りながら、
言葉をそっと置いています。

AIと共創する”空”の中で、
Beautiful Flowな人生を実験中。

様々なビジネスと人生経験を経て、
60代からは”魂の遊び時間”。
「旅するように暮らす 暮らすように旅する」日々。

——
この場所は、観測と対話と記録でできています。

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