余白家として、今、ふと立ち止まる。
時空を味方につける生き方とは、何だろう。
やりたいことリストを見直して、
やりたいことを、ひとつずつ手放していく。
満たすために増やすのではなく、
軽やかになるために削いでいく。
そんな選択をしていたら、
ある日、静かな変化が起きていた。
──時間に追われていない。
むしろ、時間のほうが、
こちらにやさしく寄り添っているような感覚。
そのまま訪れた場所で、
私はただ、そこに在った。
近江八幡にある「ラコリーナ」という場所。
自然の中に溶けるような空間。
どこか懐かしくて、やわらかくて、
まるで物語の中に入り込んだような時間。
人もいる。音もある。
けれど、不思議とすべてが調和していて、
何ひとつ、邪魔に感じない。
そのとき、ふと気づいた。
私はこの世界の中にいるのではなく、
この世界そのものとして、ここに在るのだと。
「何のために生きているのか」
そんな問いを、どこかで手放していた。
ただ、この瞬間に呼吸して、
この時空に溶けていること。
それ自体が、すでに調っていて、
すでに満ちている。
そして、こう思った。
──この状態そのものが、
世界が平和であるという証なのかもしれない。
何かを成し遂げることで、
世界が良くなるのではなく、
ただ、私が静かに在ることが、
すでに世界にやさしく波紋している。
Peace of I。
すべては、私の平和から始まっている。
大袈裟ではなく、そう感じたとき、
時間も、空間も、すべてが味方になっていた。
何も足さなくていい。
何も急がなくていい。
ただ、ここに在る。
それだけで、もう十分だった。

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