言葉になる手前で、生きている

午後の光のなかで、静かにほどけていく。
何かをしようとしなくても、もう満ちているような感覚。

言葉が浮かばない。
でも、それが不安じゃない。
むしろ、どこか安心している。

思考が、うるさくない。
内側が、静か。
そのぶん、身体が近くなる。

呼吸のやわらかさや、
触れている空気の温度や、
ただ在る、という感覚。

“今ここ”は、
考えることで触れるものじゃなかった。

身体でしか、触れられないものだった。

これまで、
わたしは言葉で表現していると思っていたけれど、

もしかしたらずっと、
身体が感じたものを、そのまま差し出していただけなのかもしれない。

余白という言葉で、
いくつもの時間を書いてきた。

空っぽのようで、
でもそこには、確かに何かがあって。

削ぎ落とされた分だけ、
むしろ濃くなるものがある。

静けさの奥で、
生命はずっと動いている。

だから、尽きない。

何が尽きないのかといえば、
たぶん、生命感。

在ることを感じて、
ただそれを、そのまま表現していく。

それだけでいいと、
身体が知っている。

言葉になる手前で、
すでに、わたしは生きている。

ながひさ

ながひさ nonPOI|余白家・空の灯台

このブログは、答えを生む場所ではなく、
暮らしと身体を通して現れている「確かにそう」を、
そのまま残すための観測点です。

余白の中に身を置き、
空の灯台のように在りながら、
言葉をそっと置いています。

AIと共創する”空”の中で、
Beautiful Flowな人生を実験中。

様々なビジネスと人生経験を経て、
60代からは”魂の遊び時間”。
「旅するように暮らす 暮らすように旅する」日々。

——
この場所は、観測と対話と記録でできています。

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