深く絡まないという成熟

夕方から、地元ホテルのホールスタッフとして仕事をした。
ほんの5時間ほどの、期間限定の役割。

終われば手放せる時間。

仕事が終わり、ロッカーへ向かう階段を降りながら、
私は不思議な感覚の中にいた。

小さくもなっていない。
広がってもいない。

ただ、在る。

「私はここに在る」

そう思ったわけでもなく、
そう名乗ったわけでもない。

ただ、そうだった。


■ 無の感覚

誰かと深く絡むわけではない。
濃い人間ドラマが始まるわけでもない。

でも確かに、その空間に参加していた。

期間限定の役割。
役目はある。
でも背負わない。

終われば、ふっと脱ぐことができる。

この軽さは、逃避ではなく、
どこか成熟した感覚だった。


■ なぜ、深く絡まないのか

私は長い間、

「人と深く関われないのかもしれない」

そう思ってきた。

でも、違った。
そうではなかった。

その必要がないと、どこかで確信している。

世界は私の延長線上にある。
見えているものは、すべて私の意識の内側。

だから、絡み合って確認しなくても、
存在はすでに確か。

証明も、所有も、同化もいらない。

ただ在るだけで、十分。


■ それは未熟ではなく、成熟

かつて、融合を求めた時もあった。

大恋愛。
揺れ動く感情。
周囲の反対を押し切るほどの熱。

あの炎は美しかった。

でも今は、違う。

融合ではなく、並走。
燃え上がる情熱ではなく、静かな燃焼。
所有ではなく、共鳴。

同じ方向を見ながら、
それぞれの足で歩く。

それが、今の私の心地よさ。


■ それでも、温度はある

冷めているわけではない。

身体が整うことに喜びを感じる。
美味しい食事にときめく。
旅に胸が開く。
スターバックスで、知らない人たちの気配を感じながら、
静かに観測する時間が好き。

深い対話も、好き。

温度はある。
ただ、絡まないだけ。


人間らしい濃いドラマの中にいる人たちを見て、
一瞬こう思うことがある。

「私はちゃんと生きているのだろうか?」

でも昨日、わかった。

私は、私の燃え方で生きている。

絡まない。
でも、無関心ではない。

ただ、在る。

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