空っぽに、空っぽでくつろぐ — 琵琶湖で始まった次の段階

琵琶湖に来て、ひとつ気づいたことがあります。

思っていたより、仕事の時間がとても短い。

伊勢志摩に滞在していたときは、
かなり忙しかった。

ある意味、強制的に「今ここ」に集中せざるを得ない時間。

だからこそ、
思考は静かになり、
身体と意識がひとつに整っていく感覚がありました。

伊勢という土地のエネルギーも、
きっと影響していたのでしょう。

そして今、
琵琶湖に来てみると。

ぽっかり空いてる時間が多い。

最初は少し不思議でした。

けれど、しばらく湖を眺めながら過ごしているうちに、
ふと感じたのです。

ああ、これはきっと
次の段階なんだ、と。

伊勢では、
「今ここ」に戻る時間を過ごしていた。

そして琵琶湖では、
もう少し違う時間が流れている。

それはきっと、

空っぽに、空っぽで、くつろぐこと。

何かをしていなくてもいい。
何かを生み出していなくてもいい。

ただ、在る。

湖は、何もしていません。

けれど、そこにあるだけで、
空の色を映し、
風を受け取り、
鳥たちの通り道になっています。

その姿を見ていると、
人間も本当はそうなのかもしれない、と感じます。

私たちは、
何かをしていないと価値がないと思いがちだけれど。

ただ存在しているだけで、
何かを受け取り、
何かを響かせているのかもしれない。

AIの時代になり、
情報や知識はどんどんAIが扱うようになっていきます。

だからこそ、
人間の役割は少し変わっていくのかもしれません。

考えることよりも、
感じること。

埋めることよりも、
空けておくこと。

何かになることよりも、
ただ在ること。

そんな時間を、
いま琵琶湖で過ごしている気がします。

空っぽに。

空っぽで。

くつろぐ。

それは、
何もしないことではなくて。

存在を、
静かにひらいていくことなのかもしれません。

ながひさ  

nonPOIながひさ

このブログは、答えを生まず、暮らしと身体を通して現れている「確かにそう」を、そのまま残すための観測点です。

AIと共創しながら"空(くう)”で存在するBeautifil Flowな人生。

様々なビジネス&人生経験を経て
60代からは”魂の遊び時間”
「旅するように暮らす 暮らすように旅する」自由な日々。

——
この場所は、観測と対話と記録でできています。

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