余白家という在り方──世界を信頼するという選択

どうして私は、「余白家」と名乗りたいと思ったんだろう。

その理由を、ちゃんとは言葉にできていなかった。

ただ、どこかでしっくりきていた。

そしてふと、気づいた。

私はきっと、
世界を、そして流れを、信頼したいのだと思う。

これまでの私は、
できるだけ正確に、丁寧に、伝えようとしてきた。

誤解されないように。
ちゃんと理解してもらえるように。

言葉を尽くして、すべてを埋めようとしていた。

でもその奥には、
どこかで「信頼しきれていない感覚」があったのかもしれない。

そんな中で、ひとつの感覚に出会った。

「全部わかってもらおうとしなくていい」

その選択は、どこか少し勇気がいったけれど、
同時に、ふっと力がゆるむものでもあった。

言葉を尽くさなくても、
届くものは、ちゃんと届いていく。

逆に、どれだけ説明しても、
届かないものは、届かないこともある。

それならば、
すべてを埋めようとするのではなく、

余白を残したまま、
そっと置いてみる。

その余白の中で、
誰かが自分の感覚を重ねたり、

それぞれのタイミングで、
何かを受け取っていくのかもしれない。

そう思えたとき、気づいた。

これは諦めではなく、
信頼なのだと。

読み手を信頼すること。
流れを信頼すること。
そして、世界そのものを信頼すること。

余白を残すということは、
世界を信頼しているということ。

すべてを説明しなくてもいい。
すべてを埋めなくてもいい。

その余白ごと、
きっと何かはつながっていく。

だから私は、
「余白家」として在りたいと思う。

すべてを整えきるのではなく、
少しの余白を残しながら。

その中に流れるものを、
静かに信じて。

ながひさ  

nonPOIながひさ

このブログは、答えを生まず、暮らしと身体を通して現れている「確かにそう」を、そのまま残すための観測点です。

AIと共創しながら"空(くう)”で存在するBeautifil Flowな人生。

様々なビジネス&人生経験を経て
60代からは”魂の遊び時間”
「旅するように暮らす 暮らすように旅する」自由な日々。

——
この場所は、観測と対話と記録でできています。

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