意識

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祈りのように、わたしを置いていく

ブログを書くことは、祈りに似ている。そう感じたのは、何かを願っているわけでもなく、誰かに届けようとしているわけでもないのに、それでも書いてしまうから。祈りというと、誰かの幸せや、世界の平和を願うもの、そんなイメージがあると思う。わたし自身も...
観測

存在することが仕事になる時代

ふと昨夜、ある好きな作家の方の言葉が心に残った。これから私たちがやることは「存在すること」その言葉を聞いたとき、「ああ、やっぱりそうなんだ」という静かな感覚があった。というのも、私はずっと昔からぼんやりとこんなことを思っていたからだ。もし人...
観測

主語が「今」になるとき

琵琶湖で暮らし始めて、数日が経ちました。湖の前で過ごす時間の中で、ひとつ面白い変化に気づきました。言葉の主語が、少し変わってきているのです。以前は自然と、「私は」「私は」と話していました。でも最近、気づくとこんな言葉が出てきます。「今は静か...
観測

身体は“今ここ”に戻るための拠りどころ

琵琶湖での暮らしが始まって、まだ三日目。伊勢で過ごした時間とは少し違う、静かに包まれるような感覚の中で日々を過ごしています。伊勢にいた頃は、体調の調整のような出来事がいくつも起きました。身体が揺れ動くような時間。そのとき、私ははっきりとこう...
観測

nonPOI / 空の灯台

濁らせないために、言葉を置く場所ここでは在り方だけが働くいつからか、何かを目指して書くことがなくなった。伝えたい結論も、導きたい方向も、特にない。それでも言葉は置かれていく。考えて出しているというより、澄んだときに残る跡のように。私は長いあ...
観測

どこにも向かわない生き方 ──世界は、いまだけで出来ている

さっきまでのことをどこまで「過去」と呼べるのだろう。朝の湯気はもう消えているのに、その温かさは、まだ手の中に残っている。消えたのか、続いているのか、よく分からないまま一日が始まる。最近、過去や未来をほとんど使わずに暮らす先住民の話を読んだ。...