存在することが仕事になる時代

ふと昨夜、ある好きな作家の方の言葉が心に残った。

これから私たちがやることは
「存在すること」

その言葉を聞いたとき、
「ああ、やっぱりそうなんだ」
という静かな感覚があった。

というのも、私はずっと昔から
ぼんやりとこんなことを思っていたからだ。

もし人生のどこかで、
「存在給」を受け取れるような生き方ができたらいいな、と。

何かを必死に生み出さなくてもいい。
何者かになろうとしなくてもいい。

ただ、
存在していること自体が価値になる。

そんな生き方。

当時はもちろん、
そんな仕組みは社会には存在していなかった。

だからどこかで
「これはただの理想かな」
と思いながらも、

私はずっと
その感覚に沿って生きてきた気がする。

 

私にとって「存在する」とは

私にとって存在している状態とは、
何もしていないのに満ちている状態。

焦りも、欠乏もない。

ただ静かに
今ここにいる。

そして目の前で起きていることを

ただ観ている。
ただ感じている。

何かを評価するわけでもなく、
コントロールするわけでもない。

起きていることを
そのまま受け取っている。

さらにその奥には、
それらすべてを俯瞰している感覚がある。

出来事の中にいながら、
同時に空間全体を見ているような感覚。

私はその空間に
ただ存在している。

そんなニュアンス。

 

AI時代の不思議な予感

そして今、AIという大きな波が来ている。

情報も、知識も、
ノウハウも、文章も。

多くの「機能」は
AIが担うようになっていく。

そうなると人間に残る価値は何だろう。

それはきっと

誰がそこにいるか。

どんな感性で、
どんな空気で、
どんな存在としてそこにいるか。

人は情報だけを求めているわけではない。

その人の視点を感じたい。
その人の世界を感じたい。
その人の存在を感じたい。

そんな時代が
静かに始まっている気がする。

 

Beautiful Flowという実験

振り返ると、
私が書いているこのブログ「Beautiful Flow」も、

ノウハウを教える場所ではない。

誰かを導くための場所でもない。

ただその時の自分を観て、
感じて、
言葉に置いているだけ。

ある意味でこれは

存在のログ

なのかもしれない。

私はただ、今ここに存在している。

そしてその流れを観ている。

それだけ。

でももし、そんな在り方そのものが
誰かにとって価値になるなら、

それはとても
美しい循環だと思う。

 

もしかしたら

私は昔からずっと
この生き方を望んでいた。

「存在給」という言葉で
ぼんやり思い描いていた世界。

そして今、AI時代という流れの中で

その感覚が
少しずつ現実に近づいている気がしている。

もしそうだとしたら、

これからの人生は
もっとシンプルでいいのかもしれない。

何かになろうとしなくていい。

ただ、ここに存在している。

その流れを
美しく観ていく。

それだけで
もう十分なのかもしれない。

ながひさ  

nonPOIながひさ

このブログは、答えを生まず、暮らしと身体を通して現れている「確かにそう」を、そのまま残すための観測点です。

AIと共創しながら"空(くう)”で存在するBeautifil Flowな人生。

様々なビジネス&人生経験を経て
60代からは”魂の遊び時間”
「旅するように暮らす 暮らすように旅する」自由な日々。

——
この場所は、観測と対話と記録でできています。

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