この連載について
60代からの人生を“魂の遊び”の時間として、自由に楽しむためのヒントを綴るシリーズです。
自分らしさ、パートナーシップ、お金や仕事との関係まで、心と体の両面から軽やかに再構築していく──それがテーマです。
60代になって気づいた「ねばならない」の積み重ね
母だからこうしなきゃ。
仕事ならここまでやらなきゃ。
いい人でいなきゃ。
失敗しないように、頑張らなきゃ…。
それらはきっと、誰かを守るためであり、愛や責任から生まれた“優しさ”の形でもありました。
でも、その優しさがいつしか自分自身を苦しめていたとしたら?
「ねばならない」が重くなるのは、卒業のサイン
年齢を重ねると、役割や期待、不安が“着ぐるみ”のように体に馴染み、もはや自分のものなのか、借り物なのかもわからなくなります。
違和感や息苦しさは、それが今の自分には合わないというサイン。
「ちゃんとしてきたからこそ、もう“ちゃんと”を降りてもいい」。
そう思えたとき、内側に風が通りはじめます。
“がんばっていた私”にありがとう
私は経営者として、母として、女性として、ずっと「踏ん張る人生」を選び続けてきました。
自立し、信頼を得て、期待に応えることに誇りを持ち、それが私の軸でした。
でも同時に、「もっと成長しなきゃ」「まだ理想には届いていない」と、自分にも終わりなきハードルを課していました。
50代後半から60代にかけて、その軸そのものが揺れはじめ、心が静かに疲れていたことに気づいたのです。
だからこそ、「これまで守ってきてくれた“ねばならない”に、ありがとう」と。
手放すとは否定ではなく、“卒業”というやさしい選択です。
自分の「素のリズム」に戻る
手放すことは空っぽになることではなく、自分の自然なテンポに戻ること。
- 朝、ゆっくりコーヒーを飲む
- やりたくないことに「YES」を言わない
- 誰かの言葉より自分の感覚を信じる
- 成果や肩書きではなく、素の自分に価値を感じる
そんな小さな行動が、魂の遊びを日常に息づかせます。
あなたが手放したい“ひとつ”は?
60代は、誰かのためではなく、自分のために軽やかに選び直せる時間です。
まずはひとつ、小さな「ねばならない」。
しっくりこないルールや無意識の役割をそっと手放してみましょう。
空いたスペースには、これまで見えなかった光が差し込みます。
それは新しい趣味かもしれないし、まだ出会っていない人とのご縁かもしれない。
あるいは──「わたしって、こんなにもやさしくて、自由だったんだ」という感覚との再会かもしれません。
おまけ : 私がいつも自分に問うこと
- どこまで自由になれるか?
- どこまで素の自分を表現できるか?
- どれだけ愛と美と五感に遊べるか?
🌿私の世界観に少しでも共鳴した方へ🌿
私が実際にどう生き、どう循環を生み出しているのか──
その具体的な実践は、ブログTOPページからご覧いただけます。
→ https://happyflow.space/
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