「わたし、不食なんです」という出会い
「わたし、不食なんです」
そう穏やかに話してくれた女性の声を、今でもよく覚えています。
もう何年も前のこと。
身体も心も整っていて、透明感にあふれたその人は、「プラーナ(生命エネルギー)で生きている」と話してくれました。
最初はにわかには信じがたく、「え? 本当に何も食べないのですか?」と何度も聞き返してしまった私。
でも、彼女のまなざしと存在そのものが、その在り方を静かに証明していたのです。
「不食=食べないこと」ではない
不食というと、断食や絶食、あるいは苦行のように捉えられがちです。
けれど、私が感じたのはそれとはまったく違う世界。
むしろ「食べなくても、満ちている」という境地。
食べものではなく、もっと微細な“光”や“波動”を受け取り、自然とつながっている状態。
まるで「大いなるもの」と直接つながるような生き方でした。
日常に宿る「不食的なあり方」
私自身は、食べることは大好きだし、好きな人と囲む食卓が何よりも幸せです。
でも、あの時感じた「不食的な感覚」は、どこか深くに残り続けていました。
そしていつの間にかそれは、私の日々の選択の中に、静かに息づいているのかもしれないと、最近ふと気づいたのです。
- 空腹を「怖いこと」ではなく、「整えるタイミング」として感じる
- 何を食べるかより、どんな“波動”で食べるかを大切にする
- ごく自然に、“何もいらない時間”を味わう
- 食べものや情報を通じて、それが持つ「エネルギーの質」を感じ取る
不食は、“食べない”ことではなく、「何によって自分を満たすか」の問いなのかもしれないと気づいたんです。
身体は「地球」、魂は「宇宙」
私たちの身体は、まぎれもなくこの地球の一部です。
土の上に根を張る植物のように、太陽や水、風、リズムの中で調和して生きている。
一方で、魂はとても自由で、宇宙的なリズムで生きているように感じます。
直感、夢、ひらめき、巡るご縁‥どれも目には見えないけれど、大切なサイン。
身体と魂が響き合っているとき、
私たちは本当に健やかで、美しい光を放つのだと思うのです。
Web4-5的生き方と「見えないもの」
私が、これからの新しいビジネスの在り方と捉えているWeb4〜Web5への流れは、
「見えないもの」がますます大切になっていく時代になります。
- 共鳴でつながる人間関係
- 周波数で選ばれるプロダクト
- 意識の状態が影響するビジネスやマネタイズ
情報やテクノロジーが発展するほど、逆説的に「内なるエネルギーの質」が問われる。
だからこそ、不食的な感覚、目に見えないエネルギーで自分を満たす感性が、大きな鍵になってくるのではと感じています。
自分を整えるということ
食べものを選ぶように、
入ってくる情報や、日々の時間の使い方、関わる人とのエネルギー交換も、もっと繊細に選んでいい。
「どんなものと、自分は共鳴していたいのか?」
それは、魂の選択であり、健康の選択でもあります。
わたしという神殿を、生きる
身体という“地球のかけら”に、宇宙の意志を宿して生きるということ。
それはきっと、「何かを削ぎ落としていく」暮らしの中に、静かに育まれていくものなのかもしれません。
- 食べ過ぎず、
- しゃべり過ぎず、
- 動き過ぎず。
静けさと空白の中に、満ちていく感覚を思い出す。
わたしという神殿を整え、そこに光を通すように。
そんなふうに、「身体と魂が響き合う健康」を日々デザインしていけたら‥。
それが、私にとっての「不食的な生き方」「健康的な生き方」なのかもしれません。
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